ブログの成り立ち 〝後編〟

金融機関に就職を決めた後は、もう遊び怠けまくりましたねー。

卒論も手を付けたのは提出三か月前だったくらいですw

生産的活動は短期バイトと、コロナウイルスにより活動のほとんどなくなったサークル活動くらいでしょうか??

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そんな怠け切った生活も三月で終わり、入社に向けて準備を嫌々ながらも始めるのでした。

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いざ迎えた入社式。

緊張もありましたが、今思えばこの先への不安・恐怖に苛まれていたそれまでの半年が、一旦落ち着いたような不思議な感覚があったような気がします。「案ずるより産むが易し」といったことだったのでしょうか??

入社式を終えた後から約二週間ほどの研修がありました。幸い同期はとても話しやすく、研修も高校の授業のように講師の話を聞き、ノートを書くようなものでしたので楽しく、更に九時出社・五時半退社という最高の期間でしたのであっという間に感じましたね。

この時は、楽しかったのです、この時は。

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問題は本格的に配属先が決まり、配属された後からでした。

最初の一か月は今正直記憶がありません、覚えることの多さ、忙しさ、何より朝七時半には出社済みという夜型のロングスリーパーには地獄のような生活がいきなり始まったためです。夜型のため夜は寝れないが、朝起こしてくれる人のいない一人暮らしの恐ろしさにより十時半には布団に包まる…一、二週間は疲れにより帰った後倒れるように寝ていたような覚えがありますが、この後は夜型を遺憾なく発揮し、たとえ十時半に包まろうと二時間は寝れない、朝はギリギリまで寝て走って出社という…

まあここで習慣付いてしまったため、今でもこの生活ですw

それから今までなまじ余裕が出てきたぶん辛いです、余裕が出てきたということは思考力が少し復活してくるということなのでブラックな面が目に付きだすのです。

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出社は七時半でも給料が発生するのは一時間後、後から残業もそうなのだと判明。資格等は業務に必須だろうが自腹。オマケにこの7月の豪雨災害にて避難勧告が出ようが冠水しようが、腹まで水に浸かろうが出社が前提条件だとのこと。

…マジかと、前者はともかく(まあ日本では当たり前なのかもしれないが)豪雨に関しては阿保なのかと思いましたね、狂ってるのでは??これで災害に巻き込まれた時、強制出社により巻き込まれたと発覚した時のほうが損害が大きいと思うのだが。

その他に関しては金融機関なこともあり、責任が大きいが給料と責任が見合ってない、リモートなど頭にない、業務手順などの自己決定権が皆無等だろうか。

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勿論全く調べなかった訳ではないので、ある程度の事は仕方が無いとは思う。しかし説明のないみなし残業、思わぬ資格という出費、朝の早さ、終いには生命の危機を感じてしまってはもうこの会社には居られないと感じてしまった。

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長くなってしまいましたが、このことにより会社に勤めない働き方に興味を持ったこと、転職資金が必要になったこと、このことを記録し、あわよくばアドバイスが頂けるかもしれない…そう考えたこと。

そのためこのブログを始めたのです。

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